映画『響-HIBIKI-』の感想とネタバレ!!平手友梨奈最高で終らせるな!?

      2018/09/21

映画『響-HIBIKI-』、公開から少し遅れたけど観てきました。

というわけで感想を中心としたネタバレをしていきます。

ネタバレなしあり両方で進めていきます。

半分くらいは僕のグチになってるかもです。

沢山ある『響-HIBIKI-』の感想記事からこんな意見もあるのかなと理解してもらえればと思います。

また同時に、まだ観ていない人への参考になればと原作をこれから読んでもらいたいとも思っています。

それではどうぞ↓

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映画『響-HIBIKI-』の感想

この記事ではとくにあらすじを追っていくようなことはしません。

あくまで感想を中心としたネタバレです。

『響』ってどんな話?って思ったらこちらをどうぞ↓

ネタバレなし感想

率直に僕の評価はこんな感じ。

★★★☆☆(5点中3点)

つか、この映画を純粋に楽しむなら原作は知らないほうが楽しめる気がします。

主人公である響が次に何をやるのかハラハラしたりやった後にスカっとするのがこの物語の楽しみの1つだと僕は思っています。

でも、何やらかすか知ってるからね。

原作を知っている僕としてはシーン、シーンで粗探しをしてしまう感じになってこの映画の純粋な評価が出来ていないですね。

映画のパンフを読むと原作者の柳本光晴氏が「物語は知っているはずなのに響は次なにをするんだろう?と予測がつかなくて・・・」といった感じのことを言っています。


東宝MOVIEチャンネルより

いやいや、大人の事情ですか?

まるわかりでしょw

確かに細かい点なんかは監督の月川氏と平手友梨奈が相談して変更した部分があります。

でも、物語の大筋やここぞって場面の響の行動はそのままです。

だから原作を知っている人にはこの辺の評価じゃないの?って思えます。

あと僕は響を演じた平手友梨奈をキャストが決定するまで知りませんでした。

欅坂46のメンバーでセンターもよく務めているってこともあとから知りました。

彼女のことを“てち”という愛称で呼んでいるファンからすると今回の演技は手放しで絶賛できるのかもですね。

でも、僕はそんな肩書き知らんかったからこの人がスクリーンにどう映ってどう演技するのかに当然注目したわけです。

やはり初主演ということだし演技はまだまだ拙い感じがしました。

それは隣で演じていた北川景子のほうが圧倒的にうまいので余計に感じることができます。


東宝MOVIEチャンネルより

ただ、存在感は特別で確かにそこに響を演じている平手友梨奈がいました。

ここは今までアイドルでセンターをやってきた経験が活きてるんじゃないのかなと思います。

これらのことから僕はこう思います。

原作ファンなら
★★☆☆☆~★★★☆☆

映画ファンなら?
★★★★☆

平手友梨奈ファンなら
★★★★★

おおよそ、こんな分類が出来るのではないかと思ってます。

もし、まだこの映画を観ていないなら参考になるかもです。

ネタバレあり感想、注意!

正直、いち原作ファンとして言いたいことは山ほどあります。

ただ、ネガティブなことを並べてもあまり良いことではありません。

でも言わせて!

多くてもなんなので三つだけ。

  1. 中原愛佳のシーンは削るなよ
  2. ふみが編集長につかみかかるシーン
  3. ラストはあれでいいのか?

これにしぼって言いたい!↓

中原愛佳のシーンは削るなよ

中原愛佳とは原作の2巻で登場する人物です。

彼女は独身で30歳をむかえ売れない小説家の仕事を続けるかの岐路に立っていました。

次回作がラストチャンスいわんばかりにそのプロットを考えなければいけない状態。

彼女は失いかけた自信を図書館にある響たちが作った文芸誌を読んで取り戻そうと考えます。

つまり、素人の文章を読んでそれをとり戻そうとしたんですね。

でも、それが幸か不幸か文芸誌にあった響の「千年楼」を読んで自分とのレベル差を思い知ってしまいます。

さらにそこへたまたま響とリカがやってきて対話をすることになります。

中原愛佳は本人を前にして「こんな若い子が?」ととまどいながらも響にやや失礼なことを言ってしまうのです。

そんな自分に自己嫌悪になる。

すると中原愛佳はそんなに有名ではない自分の名前を響の口から聞くことになる。

幅広く小説を読んでいる響やリカなら知っていて当然のことだった。

驚いているとさらに響から握手を求められる。


『響~小説家になる方法~』第2巻より

それに感極まった中原愛佳はその場でボロ泣きをしてしまう。

そして、これを機に中原愛佳は小説家をやめることを決意し新たな人生を踏み出しはじめます。

『響』って物語は響が書いたスゴイ小説があって、気に入らないことには暴力を振るうそんなサイコパスなものではないのです。

あまりに見方を間違っている人が多すぎます。

これは小説という文芸界の世界感を借りた圧倒的才能の前に右往左往する大人たちの物語なのです。

だからその前にそのスゴイ小説読ませろよとか言われたらもうそれは仕方がありません。

観なくて(読まなくて)もいいと思います。

今回、この圧倒的才能の前に引導を渡された一人の小説家のエピソードはあってもいいと僕は思いました。

ただ、映画の一貫性として圧倒的才能+気に入らなければ暴力という部分で統一したかったのかもしれませんね。

なかったのはちょっと残念・・・

ふみが編集長につかみかかるシーン

小論社の喫煙所のシーンで、

ふみは編集長に対して響の「お伽の庭」が世に出るように説得しようとします。

この段階では響の所在は謎だったのでなんとか特例を編集長に認めさせようとふみが奮闘する場面です。

※著作権の関係上のこと


『響~小説家になる方法~』第2巻より

原作ではふみが首を縦にふらない編集長のえりつかみかかるくらいその思いをぶつけていきます。

でも、映画では編集長(高嶋政伸)に一蹴されたふみ(北川景子)はそのまま従順になってしまうのです。

響は世の大人たちに勝負していきますが、ふみもまたふみの土俵で頑張る姿を見せるはずでした。

なのにこのシーンがないとは何事か?

個人的に思うのが、ふみを社会人の模範とすることでその後の響の振る舞いがより際立つのを狙っているのかなと思いました。

良くも悪くも全ては平手友梨菜演じる響が目立つためのテイストだったのでしょうか?

僕としてはここは北川景子見せ場の1つになると直前まで思っていただけに残念でした。

ラストはあれでいいのか?

この先はラストのネタバレです。

読むのを重々注意して進めてください。

この映画のラストは終盤、

売れない小説家の山本春平(小栗旬)が自殺しようとするのを響が止めるために電車を止めてしまったことにあります。


『響~小説家になる方法~』第6巻より

正確には自殺しようとするほど落ち込んでいた山本に説教していたら電車を止めていたということではあるけど・・・

このせいでパトカーに乗っていた響は鉄道会社からの賠償請求はとんでもない額になるかもしれないと警官から聞かされることになる。

が、ふみから芥川・直木賞のダブル受賞記者会見での暴力的な振るまいがプラスに転じ「お伽の庭」初回100万部刷ることが決定したという連絡を受けます。

印税によりそれは問題なくなるという回答とともにパトカーは夜の街へ消えていくというラストでこの映画は終わりとなりました。

ちょっ!! めっちゃ中途半端じゃん!!

何?続編つくるための伏線なのか?


『響~小説家になる方法~』第6巻より

いやいや、ここは紆余曲折はあったものの年度がかわる前に「お伽の庭」が発売されましたってところまでやれよ!

このあとすぐに2年生になるんだし、まあ紆余曲折の部分は省いてもいいけどさ・・・

ちゃんと最後まで作りきってよ!!

僕は上でこの物語は「小説という文芸界の世界感を借りた・・・」という表現をしたけど、それでも響が書いた作品が最終的にどうなったかという着地点は観ているひとにしっかりを示してほしかったですね。

すごくもったいないよ・・・

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この記事のあとがき

なんかあまりポジティブな意見がなかったですね・・・

まあ、もしあなたが気になっていたら観ても問題ない作品だとは思います。

んで、この記事を書いている僕の願いは1つです。

映画を観た人、またはこの記事を見て『響』という原作が気になったひとへ。

原作を読んでください。

はっきり言って、原作のほうが数段面白いです。

まあ、映画は尺の都合上どうしても削る部分があるのでしょうがないのです。

だから、削られていない部分を知ることにより面白さが倍増します。

映画『響-HIBIKI-』は国内映画ランキング初登場6位でした。

かなりのミラクルでも起きない限り上位には食い込めないでしょう。

続編なんて霧の彼方かと思います。

なので、気になる人は原作も読んでください。

せっかく興味を持ったなら平手友梨奈最高!で終らせないでください。

あと間違っても「小説が読めねえじゃねえか!」と思わないことです。

上でも言った通り、圧倒的才能の前に大人たちが右往左往する物語なのだから。

あなたの心の本棚(右側)に『響』が並びますように。

『響』原作の概要がわかる
↓ ↓ ↓

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